最昭32.10.22|所得税確定申告要素錯誤

最高裁(第一小法廷)昭和39年10月22日判決

=行政百選Ⅰ[第四版]№133〔私人の行為-所得税確定申告要素錯誤無効主張の可否/御坊税務署〕

主 文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理 由
上告代理人井上豊太郎の上告理由について。
論旨は、要するに、原判決が本件所得税確定申告は要素の錯誤により無効である旨の上告人の主張は主張自体失当であるとしてこれを排斥したことが所得税法(昭和三二年法律第二七号による改正前のもの。以下同じ。)の解釈を誤り、憲法三〇条に違反する、という。
しかし、所得税法は、いわゆる申告納税制度を採用し(二三条、二六条参照)、且つ、納税義務者が確定申告書を提出した後において、申告書に記載した所得税額が適正に計算したときの所得税額に比し過少であることを知った場合には、更正の通知があるまで、当初の申告書に記載した内容を修正する旨の申告書を提出することができ(二七条一項参照)、また確定申告書に記載した所得税額が適正に計算したときの所得税額に比し過大であることを知った場合には、確定申告書の提出期限後一ヶ月間を限り、当初の申告書に記載した内容の更正の請求をすることができる(同条六項参照)、と規定している。ところで、そもそも所得税法が右のごとく、申告納税制度を採用し、確定申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けた所以は、所得税の課税標準等の決定については最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし、その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが、租税債務を可及的速かに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり、納税義務者に対しても過当な不利益を強いる虞れがないと認めたからにほかならない。従って、確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、所論のように法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものといわなければならない
いま本件についてこれをみるのに、上告人は、昭和三一年七月一七日亡父信之丈の所有であった山林の立木を他に代金五、三〇〇、〇〇〇円で売却し、昭和三二年三月一二日被上告人税務署長に対し課税所得金額三、〇二一、二〇〇円、算出税額九四三、四八〇円とする昭和三一年度所得税確定申告書を提出したが、これより先昭和二七年四月四日信之丈の死亡により、右立木は、その他の財産とともに、上告人ほか二名の相続人によって共同相続され、上告人の相続分は僅かにその六分の一に過ぎなかったにもかかわらず、上告人は信之丈の長男であるところから家督相続によって同人の全財産を相続したものと誤信し,前記確定申告に及んだものであると主張するのである。しかし、本件確定申告書自体に誤記、誤算等の誤謬の存することは、上告人の主張しないところであり、また、記録によれば、右立木の売買は上告人のみが売主となって行なったものであり、その代金も上告人が全部これを受領していることは、当事者間に争いのないところである。しからば、右のごとき事実関係の下においては、仮りに本件確定申告書の記載内容に上告人主張のごとき過誤があったとしても、未だこれをもって前叙のごとき決定の是正方法によらないでその無効を主張し得べき特段の事情のある場合に該当するものということはできない。
されば、叙上と同趣旨に出た原審の判断は、正当であって所論の法令違反はない。所論中違憲をいう点は、所得税法上の違反を前提とするものであるが、原判決が所得税法に違反するものでないことは右に述べたとおりであって、違憲の主張は、前提を欠くものといわなければならない。それ故論旨は、すべて採るを得ない。
よって、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(最高裁判所第一小法廷 裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾)

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