最平13.12.18|有価証券相殺時の占有

要旨:
有価証券に表章された金銭債権の債務者は,同債権を受働債権として相殺をするに当たり,同有価証券の占有を要しない
内容:
件名
否認権行使請求事件 (最高裁判所 平成10年(オ)第730号 平成13年12月18日 第三小法廷判決 一部棄却,一部破棄自判)
原審
大阪高等裁判所 (平成9年(ネ)第909号)
主    文

1 原判決を次のとおり変更する。
第1審判決を次のとおり変更する。
(1) 上告人は,被上告人に対し,81億5349万3916円及びこれに対する平成3年8月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 被上告人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用はこれを5分し,その1を被上告人の負担とし,その余を上告人の負担とする。

理    由

第1 本件は,長期信用銀行法(昭和27年法律第187号)に基づく長期信用銀行である上告人に対して破産者がした担保供与について,破産管財人が,否認権を行使し,上告人に対し,担保供与物の価額の償還等を求める事案である。

1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 上告人(銀行)は,Aに対し,多額の金員を貸し付けていたところ,Aは,上告人に対し,平成3年8月5日及び同月7日,Aが上告人に差し入れていた従前の担保に代わるものとして,当時の時価で約85億円相当の株式(以下「本件株式」という。)を差し入れたほか,額面合計10億円の上告人発行の利付金融債券(以下「本件金融債券」といい,本件金融債券が表章する権利を「本件債権」という。)及び額面合計5億3619万1946円の上告人に対する自由金利型定期預金(以下「本件預金」という。)を担保に供した(以下,これらの担保差し入れ及び供与を併せて「本件担保供与」という。)。

(2) 上告人は,平成3年8月15日,Aに対し,上告人とA間の銀行取引約定に基づき,同人に対する残元本合計額437億円余りの貸付債権の期限の利益を喪失させ同債権を自働債権とし,本件債権元利合計10億2410万9589円及び本件預金元利合計5億4063万1253円(元本5億3619万1946円,利息443万9307円)を含む債務を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をするとともに,本件株式を81億5349万3916円で処分して,上記貸付債権の弁済に充てた

(3) Aは,平成4年6月12日に大阪地方裁判所において破産宣告を受け,被上告人が破産管財人に選任された。被上告人は,本訴において,本件担保供与等に対し否認権を行使し,上告人に対し,① 貸付債権の弁済に充当された本件株式の価額合計81億5349万3916円,② 本件債権元利合計10億2410万9589円及び③ 本件預金元利合計5億4063万1253円の総計97億1823万4758円の支払を求めた。

2 前記の事実関係の下において,原審は,被上告人の本件担保供与に対する否認権行使が有効であるとして,上告人に対し,(1) 上記1の(3)①の本件株式の価額合計81億5349万3916円の償還をすべきものとし,(2) 本件債権を受働債権とする相殺は認められないとして,本件債権元利合計10億2410万9589円の支払をすべきものとし,(3) 本件預金を受働債権とする相殺の主張につき,その元本5億3619万1946円についてのみ相殺を認めるべきとして上記1の(3)③のうち利息443万9307円を支払うべきものとした。

第2 上告代理人の上告理由第四点ないし第六点について

1 上告理由は,本件債権を受働債権とする相殺を認めなかった原審の判断を争うものである。原審が相殺を認めなかった理由は,次のとおりである。すなわち,本件金融債券は有価証券であるから,これが表章する債権を受働債権とする相殺は有価証券の所持人に対抗することができず,したがって,自働債権の債権者である上告人が本件金融債券の占有を取得するまでは,その表章する債権を受働債権とする相殺によって自らの有する債権の回収を図ることを期待することは認められない。そして,本件においては,上告人は相殺時において本件金融債券を占有していたが,占有を取得した原因行為である本件担保供与が否認される以上,本件債権を受働債権とする相殺は認められないというのである。

2 しかし,原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

有価証券に表章された金銭債権の債務者は,その債権者に対して有する弁済期にある自己の金銭債権を自働債権とし,有価証券に表章された金銭債権を受働債権として相殺をするに当たり,有価証券の占有を取得することを要しないというべきである。

けだし,有価証券に表章された債権の請求に有価証券の呈示を要するのは,債務者に二重払の危険を免れさせるためであるところ,有価証券に表章された金銭債権の債務者が,自ら二重払の危険を甘受して上記の相殺をすることは,これを妨げる理由がないからである。したがって,上告人が本件金融債券の占有を取得した原因行為である本件担保供与が否認されたとしても,上告人による本件債権元利合計10億2410万9589円を受働債権とする相殺は有効であって,本件債権はこれにより消滅したものというべきである。

以上によれば,本件債権を受働債権とする相殺が認められないとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,同違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

 第3 その余の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,同事実関係の下においては,被上告人の否認権行使を有効とするなどした原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。

第4 さらに,職権をもって調査するに,原判決には次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるというべきである。

本訴において,上告人は,本件預金元利合計5億4063万1253円を受働債権とする相殺の主張をしているにもかかわらず,原審は,上記第1の2(3)のとおり,本件預金のうち元本5億3619万1946円についてのみ相殺を認め,利息443万9307円について相殺の判断をしておらず,判断遺脱の違法を犯したものといわざるをえず,同違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。そして,本件預金の利息についての相殺が有効であることは元本についてと同様である。

 第5 以上要するに,被上告人の請求は,上記第1の1(3)①の81億5349万3916円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容すべきであり,その余は理由がないものとして棄却すべきである。

よって,原判決を主文第1項のとおり変更することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

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